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札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)1631号 判決

原告(反訴被告) 有限会社 宮前

右代表者代表取締役 宮前潔

被告(反訴原告) 我妻勇

右訴訟代理人弁護士 上田文雄

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  反訴被告(原告)の反訴原告(被告)に対し金一五万円とこれに対する昭和五六年五月一〇日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員の支払をせよ。

三  反訴原告(被告)の反訴その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを五分し、その四を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めている裁判

一  本訴請求の趣旨

被告は原告に対し、金三九万八〇一九円とこれに対する昭和五四年九月二一日から支払ずみまで年三六パーセントの割合による金員の支払をせよ。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  反訴被告は反訴原告に対し、金三〇万円とこれに対する昭和五六年五月一〇日より支払ずみまで年五パーセントの割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の反訴請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原告(反訴被告)(以下原告という。)は、訴外岩間孝仁(以下訴外岩間という。)に対し、左記のとおりの約定で、金員を貸し渡した。

(一) 貸渡日 昭和五四年七月二三日

(二) 金額 金五八万円

(三) 弁済期 昭和五四年九月二〇日

(四) 利息・期限後の損害金 いずれも一日当り金一〇〇円につき金二〇銭の割合による。

2  被告(反訴原告)(以下被告という。)は、昭和五四年七月二三日、原告との間で、訴外岩間が前記消費貸借契約によって原告に対し負担する債務一切について、連帯して保証する(以下本件保証契約という。)旨合意した。

3  よって、原告は、連帯保証人である被告に対し、右消費貸借契約と本件保証契約にもとづき、元金に対する既払分金一八万一九八一円を本訴請求外とし、残元金三九万八〇一九円とこれに対する弁済期日の翌日の昭和五四年九月二一日から支払ずみまで利息制限法所定の範囲内の年三六パーセントの割合による損害金の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

請求の原因第一項は不知。同第二項は否認。同第三項は争う。

三  反訴請求の原因

1  原告は、本訴請求の原因で示すとおり、被告に対し、訴外岩間を主債務者とする昭和五四年七月二三日貸渡の貸金五八万円につき、連帯保証人となったと主張し、本訴請求の原因第三項記載の請求をなしているところであるが、原告は、右請求を支払命令を申請してなすのと前後して、右請求債権の残元金のうち金一〇万円を保全すると称して、被告を債務者に有体動産の仮差押を申請し札幌地方裁判所昭和五五年(ヨ)第九四四号有体動産仮差押申請事件仮差押命令で被告の有体動産を執行官をして差押えさせたのである。

2  しかし、被告は、前にも述べたとおり、本件保証契約を原告との間で結んだ事実はない。そして原告は、このことを知りながら、あるいは、簡単に覚れるのに、わずかの注意も払わず、多大な過去で見落し、被告を相手方として仮差押・訴訟の提起をなすに至ってしまったのである。

被告が右保証人といえないことは、原告が金融業者でありながら、被告との間に被告を連帯保証人と記した借用証書をつくってもいなければ、被告を裏書人とか、振出人、あるいは保証人とするような手形も存していないことでも、明らかである。ところが原告は、あえて右事実に反し虚偽を申し立て、仮差押をし、そして訴訟を提起しており、とくに仮差押事件では、被告の資産状態・経済活動よりすると、保全の必要性がないのに、被告が経済的に窮迫しているかのごとく上申しており、これは、被告が仮差押をうけることによって銀行筋での信用をおとすなどの事実上の不利益を蒙ることをきらい、原告に金員支払いなどを申し出てくるのを見越し、不当にも被告の有体動産、さらには預金債権などの仮差押えを狙ったものというほかないのである。

3  このような、その請求権や被保全権利、さらには保全の必要性が存在しないのを知りつつ、あるいは、わずかの注意を払えば存在すると考えるのが誤りであることが直ちに判明するのに、これを怠り、原告は、本訴を提起し、被告を連帯保証人として貸金残額の返済を求め、また、この請求債権を保全すると称し、保全の必要性を偽ってまでの仮差押の申請そしてその執行に及んだので、被告は自らの権利を守るためやむなく、原告の請求の理由ないことを明らかにすべく、応訴し訴訟活動につとめ、また、有体動産仮差押の執行完了後、その状態を忍ぶわけにもいかずとりあえずこの仮差押解放金額一〇万円を供託し、この執行を取消してもらったり、右仮差押の裁判に対し異議申立をし、仮差押の裁判の取消と原告の仮差押申請の却下を求めざるをえないところとなったのであるが、この応訴と異議申立を、被告としては弁護士に委任してなす相当の必要性が存し、このための弁護士費用として右両件をあわせての手数料と謝金として各金一〇万円合計二〇万円の支払を余儀なくされてしまったのである。

さらに、原告は、前記有体動産の仮差押をなすに際し、その被保全権利たる貸金債権をその元本のうちの金一〇万円に限っており、残余の金銭債権を保全するとして、被告の預金債権を仮差押えすることが予想され、被告はこれに対処するため、取引銀行二行に事情説明をしなければならなくなるなど前示有体動産仮差押によるものとあわせ、多大の精神的苦痛をうけた。これを慰藉するには、金一〇万円の慰藉料の給付がなされるのが相当である。

4  よって、被告は、原告の不法な訴訟提起・仮差押申請と執行のため、その相当因果関係を有する範囲内の損害というべき右弁護士費用と慰藉料及びこれに対する反訴状原告送達の翌日の昭和五六年五月一〇日から支払ずみまで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

反訴請求の原因第一項は認めるが、第二項及び第三項のうちの第一項記載と同一の事実である、原告が、被告の主張するとおり、貸金請求訴訟を提起し、かつ、右貸金元本のうち金一〇万円を請求債権として有体動産の仮差押を申請し、執行したこと、は認めるが、第二項・第三項のその余の事実は否認する。第四項は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  まず本件保証契約の成立の有無について検討する。

1  《証拠省略》をあわせると、昭和五四年七月二三日原告から被告の普通預金口座に金五〇万円の振込みがあったこと、及び金融業者である原告は、昭和五四年七月二〇日ころ、訴外岩間からの被告を使者とする金員借受けの意思表示に対し、金五〇万円を、同年九月二〇日まで貸付ける意をかためたが、右申入当日手持金が十分でなく、銀行営業終了時間真際であったことから、最寄りの銀行と取引をもっていた被告が預金の払戻しをうけ、これが一たん原告に手渡しのあったあと、原告から訴外岩間に貸渡す手順をふんでいること、が認められ、右認定を覆えすまでの証拠はない。

右認定事実によると、原告の本訴請求原因事実と基本的な要件事実としてそごするところのない部分として、ともかく原告は訴外岩間に金五〇万円を昭和五四年七月二〇日貸渡していることと、右貸金にあてる金銭としては原告において被告より無償の消費貸借をして調達し、これを同月二三日返還したものと推認することができる。

2  しかし、この原告・訴外岩間の消費貸借契約について、被告が連帯保証人となる本件保証契約を結んだとするには、前示認定事実では不十分であって、これでは、右消費貸借契約締結に当り被告が借主の使者となったり、原告がこの貸金を調達する際一時的なものであるにせよ金員の貸主となったことがあるとはいえるが、原告に対し被告が連帯保証人となったとまですることはもとよりできず、この点については、《証拠省略》をあわせると、(イ)原告は、前記消費貸借契約に際し、訴外岩間そして被告との間で借用証書は作成していないが、訴外岩間を振出人とし額面五八万円、満期日を昭和五四年九月二〇日とする約束手形を所持しているところ、被告は右手形について裏書人その他手形債務を負う立場には立っていないし、右消費貸借について連帯保証する旨を示す趣旨の念書のたぐいも一切つくられていないこと、(ロ)原告は昭和五四年七月二〇日、訴外岩間より時計一個を、前記消費貸借契約における訴外岩間の貸金返済債務を担保する意味合いで受取っているが、原告としては、そのときは、右時計の価値を七〇万円くらいと評価していたことが認められ、右認定を覆えすまでの証拠はない。

右認定事実によると、原告は、訴外岩間に対し金員を貸付けるに際し、その債権額を上回る価値をもつと考えた時計を訴外岩間から受取っていたことなどから、それ以上の担保の取得を講じていなかったと推認できるのであって、原告代表者はその本人尋問で、被告から連帯保証人となる旨意思表示があったと述べるなど、右認定をこえ、本訴請求原因第二項にそう供述をするが、前掲各証拠そしてこれにより認められる前示(イ)の事実に照らすと、これをもって原告の本訴請求を根拠ずける事実を認めるに足りるものとはいまだなしえず、次に、《証拠省略》に記載されているところは、それ自体まだ被告を連帯保証人とするまでの内容ではないうえ、原告によって記されただけのものであって、これをもって、原告の本訴請求原因第二項を認めるに足りるものとはなしえず、そのほか、右を認めるに足りる証拠は本件において提出されていない。

3  そうすると、原告の本訴請求については、その余の点について検討するまでもなく、理由のないことが明らかである。

二  そこで、原告は、その請求権がないのに、被告に金員の支払を求める本訴を提起し、また前示の貸金債権残元本内金債権を被保全権利となして有体動産の仮差押えに及んだ(右本訴の提起・有体動産仮差押えの事実は当事者間に争いない。)ことになるので、これについて被告が反訴で請求する損害賠償について検討する。

1  原告が、被告を、その旨の記載のある借用証等はなく、主債務者振出の手形の裏書人などにもなっていないのに、連帯保証人であるとして金員支払請求訴訟に及んでいるが、その請求権については、いまだ既判力をもってくつがえしえないところにまで至ったものではないにしても、ともかく、これまで検討を加えてきたところでは、少くとも現段階では存在しないものとして扱わざるをえないことは、すでに判示したところより明白である。そうすると、たとえ、前記のとおり、原告が訴外岩間に金員を貸渡すに当り、被告は使者となったり、資金の一時貸与をしたなどの関わりをもったとしても、請求権は不存在とせざるをえないことを基盤に、前示借用証・手形等の状況を考えあわせると、原告は、その金融業者でもあることからも、本訴提起の際、これら資料に注意を払うなら、自らが考える被告も連帯保証人として責を負うべきであるとするところは、とうてい被告の念頭にあるところではなく、本件保証契約は成立していないものといわざるをえないことになる旨が、容易に覚りえたのに、かなり大きな不注意でこれを看過して本訴を提起したと少くとも推断しうるのである。

これと同じく、右貸金債権の残元金の一部を被保全権利として原告において申請した仮差押についても、その被保全権利が不存在に帰することになるところを少なくともかなりの大きい過失を犯し申請・執行に及んだものと推断するほかなく、さらに《証拠省略》をあわせると、被告は、建物二棟、宅地四筆を所有し、取引銀行二行の被告名義の普通預金口座には四〇万円以上の残高が原則的には存しているのに、原告が被告を債務者とする仮差押を申請する際には、被告の資金内容を賃借住宅兼事務所でセールス販売をしており、少々の在庫商品以外にこれといった資産はない、とすでに経済的には危機に瀕しているように述べたりしていることが認められ、これに反するまでの証拠はないので、原告は、右仮差押について保全の必要性がないことをわずかの調査で直ちに知ることができるのに、少くともこれを怠る重大な過失を犯し仮差押申請・執行に及んだものとも推認することができる。

2  右のとおり、原告はその権利がないのに、訴提起・仮差押申請執行をなしており、しかも、それをかなり大きな過失を犯して行っているというほかないところとなるので、原告のこの訴提起・仮差押執行によって相当の範囲で被告が損害を蒙っているときは、その賠償の責を負うべきである。

そして《証拠省略》をあわせると、被告は原告からの本訴提起と仮差押の申請・執行をうけ、本訴が原告の支払命令申立により始ったところから、昭和五五年九月一七日支払命令に対する異議を訴訟代理人を選任して申し立て(右本訴の経過は一件記録上明らかである。)、同年一二月一六日申請の有体動産仮差押による差押えに対し仮差押決定に対する異議を同じく同一訴訟代理人によって申し立てているが、このためこれら手続をとるに先立って被告は右訴訟代理人に手数料として金一〇万円を支払ったほか、なお謝金として金一〇万円を支払う旨約定したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、仮差押決定に対する異議を申立て、仮差押の執行をといて自己の有体動産に対する権利を守らんとすることは、右仮差押決定が前示のとおり被保全権利・保全の必要性がなく、また原告のような立場にある者としてはこれに容易に気付きうるのに、あえて申立てられた不当な申請によっているときは、まことにやむをえないところであり、かつ、このような不法仮差押に対する異議手続をとるには、これが保全処分という、特殊・専門化されるところ多く、しかも細分化された手順をふんで、かつ、時機に遅れることなく的確な対応措置を当事者としてとっていかなくてはならぬ領域での手続になることに鑑みれば、とくにその社会的地位からこれに必要な法律知識を有するといえる者を除いて、弁護士を依頼してこの措置をとるのは現在では通常のことといえるので、《証拠省略》より認められる貴金属などの販売商という被告にとっては、仮差押決定に対する異議手続をとるのに弁護士を依頼し、これに支払う、あるいは支払うこととする手数料・謝金は、原告の不法な仮差押申請から生じた相当の範囲内における損害ということになる。

しかしながら、原告提起の前示のとおり被告に対しては不法な貸金請求訴訟の提起に対し、これに応訴し、不当な請求を退けようとするについて、もとより訴訟活動自体は必要であるが、弁護士を選任して防御に当ることは、前記のとおりの原告の立証活動よりするならば、消極的な活動でほぼ足りるところであり、必須的なものとまではいえず、かかる消極的防御で足りるといえる場合に限っては、それでも訴提起時にはかく判断できず、弁護士による訴訟活動を必要とすると考えられる通常の事態が認められるときを除き、弁護士費用は、不法な訴提起による相当な損害になるとはいえないと考えられるところ、前掲の、被告が原告と訴外岩間の金銭消費貸借に関わった状況よりすると、被告としては本訴に応訴し消極的防御によりその立場を守りうると判断できるところにまで至っているといえる重要間接事実が各認定できるので、原告提起の本訴に応訴する限りでの弁護士費用までは、相当の因果関係をもつ範囲の損害に含めることはできないといわざるをえない。

そして、これまで判示してきたところをあわせ考えると、被告が弁護士に支払った手数料のうち金八万円と、支払を約束し、債務を負担することによってその損害をすでに蒙っていると構成しうる謝金の現在化したうちの金七万円とが、不法な仮差押のため蒙った相当の範囲内の損害としうるのであって、かく分離することは、本案訴訟と別に保全処分手続のみを訴訟委任しうることからしてなんら支障ないところである。

このほか、被告は慰藉料の請求をするが、前示有体動産の差押えによってうけた損害のうちに、前示の認容すべき損害賠償やこの差押えがとかれることになったとしてなお癒し難い精神的損害があると考えられる事由は本件においてうかがえない。被告は、原告より被告の預金債権を仮差押えする動きがあって、この予防的措置をとる必要があったと主張するが、この債権仮差押が現実化してしまったことは主張もなく、また本件全証拠によっても認めるに足りず、かかる予測的なうごきに対し予防措置をとったことだけで金銭賠償を要するような精神的損害が生じたとみうるほどの事由はうかがえず、そのほか慰藉料の請求を正当としえたり、前掲弁護士費用の範囲以上の損害賠償を認容しうるに足りる事由は見出し難い。

そうすると、原告の不法な訴訟提起と仮差押申請・執行を原因とし、相当な因果関係をもって結果として生じた損害として反訴において主張されたうち、手数料相当分金八万円と謝金該当分金七万円と、これに対する前掲仮差押申請・執行時あるいは手数料・謝金の支払を約束するに至った時より後の日である反訴状反訴被告送達の日の翌日であること記録上明白な昭和五六年五月一〇日から支払ずみまで年五パーセントの割合による民法所定遅延損害金が、認容すべき損害金となってくるが、これをこえる請求は理由なく棄却するほかないものとなる。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないので主文第一項のとおり棄却判決をし、被告の反訴請求は前示の認定の限度で理由があるので主文第二項のとおり認容の判決をし、被告の反訴その余の請求は理由がないので主文第三項のとおり棄却の判決をし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用し主文第四項のとおり裁判し、被告申立の仮執行の宣言は一部は付する余地なく、その余は相当でないのでこれを却下することにする。

(裁判官 谷川克)

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